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【古の記憶】-act10-

2008.03.30
【古の記憶】-act10-



長い───長い時が過ぎた。

老人と死別した後、ミストは深い谷に巣を設けた。
そこは深い谷底にあり、巨大な鍾乳洞の広がる洞窟の奥深く。
複雑に入り組んだ通路は、来る者の行く手を阻み、細い通路の先の広間から、侵入者を排除するのに適していた。
居住区に定めた広間には、美しい鍾乳石の柱の中にたたずむ美しい地底湖が広がり、薄いミルク色の鍾乳石の上を、サラサラと水が流れ、天井部は切り立った断崖の吹き抜けになっており、はるか先の山の頂まで通じている。
数年掛けて運び込んだ夜光石とヒカリゴケで、洞窟の中は仄かに明るく、美しかった。

時折冒険者や勇者やドラゴンハンターがやってくる以外、これといった事件らしい事件もなく、定期的に村や町や戦場を襲っては食料とし、極稀に街へ赴いては、本を買ったり、お茶を堪能する程度。

そんな時を、約2000年ほど続ける事となる。
穏やかな───
竜である彼女にとっては。
とても穏やかな時が、過ぎていた。

何時しかその地は、白の谷と呼ばれるようになり、聖域と言われるようになっていた───。




───ピクリ。
寝床としていた洞窟の中の高台で、彼女はふと顔を上げる。
漂ってきたのは、血の匂いだった。
小さく1つ、ため息をつく。

恐ろしいのなら、来なければいいのに。

また、冒険者の類だろう。
けれど、どうやら相手は手負いのようだ。
竜は、じっと細い通路へ目を向けていた。

やがて。

想像通り、やってきたのは一人の青年だった。
腹に深手を負い、フラフラと近づいてくる。

コナイデ──────

竜は威嚇をこめて、低く唸った。
男との距離はまだかなりある。ここから吐息を吐き出せば、男は近づく前にその姿を変えるだろう。

男はのろりと虚ろな目を、竜へと向け、口元に諦めにも似た笑みを浮かべる。

「あっちゃぁ・・・。ここは竜の巣だったのか。
いよいよ俺もヤキが回ったみたいだなぁ・・・。
まぁ、そんなに威嚇すんなよ。俺は手負いだぜ?
こんな状態で竜に挑もうなんてするほど、馬鹿じゃねぇって。」

男は警戒を解こうと思ったのだろうか。
それとも力尽きたのか。

竜の居住区であるその地底湖のある広間に足を踏み入れると、入り口傍の鍾乳石の柱に寄りかかり、ズリズリと座り込んでしまった。


────どうしよう?

襲ってくるでもなく、ただ座り込む男に、
竜は、困惑の目をむけたまま、唖然と男を眺めていた。
男も、同じように、困ったように竜を眺める。

半ばにらみ合いの様な、戸惑った、白けた空気が、暫くの間、竜の巣を支配していた。


to be continued・・・・・


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